2007年4月30日
今日は石狩協会の射場にお邪魔させて頂いた。

とにかく広く開放感のある射場。
弓の素朴な楽しさを思い出さしてくれる射場で気に入った。

場所的にはかなり遠いので頻繁に行けるわけではないが、
やる気のある人が集まっている場所なのでタイミングがあえばまた行こう。


そういえば今日は誕生日。今年で39歳。
気がつくと微妙な年齢になっていた。

2007年4月28日
札幌アーチェリー協会から配達記録で郵便物が送られてきた。

全日フィールドの通過者名簿が送られてくる時期だ。
昨年は全日本社会人ターゲットの通過者名簿が数人に送られなかったと言うトラブルがあったので、その反省を受けて配達記録にしたのか!?とちょっとは期待した自分がバカだった。


内容はホームページの件

・かかった金額を請求して欲しい。
・5月半ばに新しいURLが決まるので、今のホームページに紹介を載せて欲しい。


同日、普通郵便で通過者名簿が送られてきた。

逆だと思うんですけど・・・・・

2007年4月22日
また体育館におかしな要項が張り出されていた。

要約すると札幌の初心者は「体育館指導員」が認めなければ試合には出さない。
試合へのエントリーは「体育館指導員がとりまとめ行う。」


因みに体育館に体育館指導員の職務についてあらためて確認したところ、
「順番管理」「安全管理」「初心者への指導」が主な業務と言うことだ。
「初心者への指導」とは何も知らない来館者が競技を体験したい時に簡単なアドバイスを行う程度との事。

競技力向上についての技術指導までは求められない。と言う見解だ。
これは複数の競技団体に公平な扱いをする必要性もあることを考えると当然とも言える取り扱いだと言える。

今回の張り紙の目的を端的にまとめると、

自分達の言うことを聞かない初心者は試合には出さないと言うことだ。


指導により成果が上がったり、納得のいく技術指が出来ていれば人は離れないはずだ。
ナゼそれが理解出来ないのだろう。

立場を誇示しても誰もついてはこないのに・・・・・



因みに今年度の指導員。
大変残念なことながら競技に精通している指導員2人が辞めている。
これで
「競技・ルール・マナーに精通しているバランスの取れた指導員」は自分の知る限りではただ1人が残るのみ。

2007年4月21日
納車された。

白の4ドアセダン。

なんでも「いんぷれっさ」と呼ぶらしい。

今回も車選びに掛けれる時間が限られていたので、あまり吟味もせずに購入。
どんなものかと思ったが、それなりに綺麗でそこそこ走ってくれそうだ。
型式が古いので1回車検を通して乗りつぶすパターンで考えている。
大きなトラブルさえ発生しなければ、問題なくいけるだろう。


今回の車は、多少なり車の知識が無いと難しい部類の車に入る。
エンジンルームには難しいパーツが一杯詰まってる。
中には純正じゃない部品も見え隠れしている。
理解するのにしばらくかかりそうだ・・・





早くも不具合発生。

ナゼか駐車場の車止めにマフラーが接触・・・・

入りきらない。ナゼだ・・・???

2007年4月20日
滝川場所終了。
今回は体調を崩してしまい苦しんだ。

2007年4月12日
体型の話の続き。

実はチェストガードとのクリアランスが問題なのだ。


お腹が出ているため重心が前にずれる。
      ↓
練習不足で苦しくなると更に背中が反る。
      ↓
チェストガードとのクリアランスが確保できずばらつく。

一定に触れているならチェストの表面に何か貼ったり対処のしようもあるが、苦しくなると触れてしまうのは・・・・

そんな訳で体型チェック!胸囲105cm(Bカップらしい)
胸囲自体は問題ではないが?+お腹で大きな問題となって浮上している。

やはり「痩せるしかない」!!!


しかし、若かりし頃も同じくらいの胸囲だったがその頃は筋肉だった気がする。
いつの間に筋肉が脂肪に置き換わったのだろう・・・・

謎だ!


今朝「Y本博」さんの出た「徹子の部屋」を見た。
冒頭で、
T:「アーチェリーって太っているとダメなんですか?」
Y:「スポーツですから」
Y:「引いてくるラインが外にずれるので好ましくない」

ナゼか最近やたら体型に関する話題が多い気が・・・・・

気のせいだろうか???

2007年4月8日
清水家のトイレにはコルクボードがあり、掃除の際に発掘された写真やポスターカードが貼られている。

その中の一枚に大学2年の頃、試合後撮影したと思われる写真がある。


     深刻だ

                  ナニがって

           見た目!


その当時、身長は今と変わりないが体重61キロ。
柔道で得た筋肉とはおさらばしていたが、弓を引くのに必要十分な体型。
筋肉質で見た目に細い。

で、今はと言うと、体重はプラス10キロ以上・・・筋力も相当落ちている。
とてもスポーツをやっているとは言えない。(←アーチェリーはスポーツか?)
貼ったのはツマだ。
暗に「痩せろ!」と言うメッセージに思えてならない・・・・

更に最近ツマとの会話ではテレビショッピング「○リーズブートキャンプ」(シャイプアップエクササイズのビデオらしい)の話題が出る・・・・
これもやはり「痩せろ」と言うメッセージなのだろう。


今ここで改心しなければ、「メタボリック」と呼ばれる日も近い?(←手遅れ???)

2007年4月7日
今日は石狩で練習の予定。
石狩の練習場はドーム!
なんと室内で50mまで射てるのだ。
HELIXにしてから基本的なチューニングがずれたままになっている。

全日フィールドもエントリーしチューニング・サイトのセッティングを決めていかないと間に合わない。

2007年4月5日
次の車は白の「フォードアセダン」と書いておく。

タイヤは4つ、ハンドルやアクセルとブレーキ、クラッチ(←ツマには運転できない)なんて代物もついているようだ。
清水家は車にお金をかけない主義なので、(←貧乏でかけたくてもかけられない)
基本的には数年間で乗り潰す中古車狙いだ。
今回もその路線からは外れてはいない。

実は弓仲間からは大きな車出来れば7人乗り以上の車でみんなで遠征に行ける車にしてほしいと言う要望があった。物色してみたがやはり大きい車は予算に合わないし、維持費もかかってしまう。価格的にリーズナブルな車も無い訳でも無いがエンジンにトラブルが見え隠れしていて難しそう・・・

そんな理由で今回も見送りとなってしまったので勘弁して頂きたい。

2007年4月4日
セリカを諦めることにした。

出来ればいつまでも維持して走らせ続けたかったが、
特別な車だったのでお金をかけてでも頑張りたいところだったが・・・・
足回り、エンジンなど複数個所に疲労が見られる。
やって出来ないことは無いが次の車検はかなり苦しい・・・・
残念ではあるが車を入れ替えることにした。

2007年4月2日
冗談はさておき総会。(総会議事録はまとまり次第アップします)

先日の総会は極めて重要な意味を持つはずだったが、「時間切れ」・・・・
なんとかごり押しして役員の選出だけを押し通した形で終了したが、
誰がどの役職につくのかも明らかにされず、後日あたかも総会で承認されたかのように役員構成を報告してくることだろう。

「自分達で自分達を選出し、自分達を指導員として推薦する総会」は今年もあっけなく幕を閉じたのだった。


札幌アーチェリー協会は最後のチャンスを失ったと言っても過言ではないだろう。


これから協会を背負っていかなくてはならない若手役員全員が外れたのだ。


新たに若手を起用し協会の仕組みを理解し、戦力となりうるところまで育つ頃には・・・・・
既に、崩壊は末期まで来ていると言って過言ではないだろう。

2007年4月1日
札幌アーチェリー協会での競技の継続は不可能。

競技を断念しました。

故にこのホームページも「オットとツマのアーチェリー日記」改め
「ツマとぴーの育児日記」とさせて頂きます。


弓を始めたのは大学1年生。
何か新しいことを始めようと選んだのがアーチェリー。
大学では未経験者ばかり11人が新人として集い、
その中で競い合い点数の伸びに喜んでいたあの頃が懐かしい。

弓に向いていたのか、点数を取り始めて2週間目で300アップ。
2ヶ月目には50m+30mで600up。
新人戦こそ2位と振るわなかったものの、
冬季インドアではEX+お下がりのアルミ矢で、553点優勝。
2年目にはグランドスラムを達成し、インカレ一桁順位、国体総合優勝個人5位、全日本選手権にも出場。

3年目には全本選手権大会5位となりオリンピック選考会まで辿り着く事ができました。

5年目では国体で北海道成年男子個人4,5,7位団体2位(1,2,3位は全員埼玉県オリンピックメンバー)と、意味のある成績に加わる事も出来たことは自分の大きな財産です。

アーチェリーを始めた事で、本当に有意義な時間を過ごすことが出来ました。

一旦、弓から離れるものの就職・結婚後、復活。
札幌に定着してからは、以前のような成績には結びつかないものの、
それでも毎年全日本アーチェリー連盟主管大会に出場させて頂くことが出来ました。


限界を感じたのは札幌で行われたインドアの競技会。

同世代の競技者は既にモチベーションを下げてしまい不参加。
「札幌の試合には出ない」と宣言する者あり主要な競技であるべきリカーブ部門の競技人数は激減。
更に、おかしな足切り基準が適用された事で、地方からの競技者も排除。
試合としての尊厳も失われ既に競技会として認められない有様・・・・

結果として「一人中1位」の試合が続き、試合での居場所も無くなってしまいました。


全国大会ではなんら問題なく試合に参加させて頂いてます。
他都道府県の競技者とコミュニケーションをとる事も障害無くこなして来ましたが、地元地元札幌の試合では「自分の居場所」を確立する事が出来ず、要綱が配布されない、全日本主管大会の重要連絡事項も伝達されない、などなど・・・・・
競技者として最低限必要な羽をもがれてしまった以上、競技の継続は不可能と思われ、
アーチェリー競技は不可能と判断するに至りました。


自分の力ではどうにもならないものがあることがある事を認識する事が出来たのは、ある意味人生の大きな勉強でした。
これも社会勉強として今後の生活の糧としていきます。

自分を頼ってきている皆様には申し訳ありませんが、
支援はここで打ち切らせて頂きます。


今まで競技者として、またこのホームページの読書として応援して頂いた皆様、今まで本当にありがとう御座いました。

本当に、本当にありがとう御座いました。


平成19年4月1日えいぷりるふーる オット@ほらふき清水


P.S. ねばーぎぶあっぷ